Fate/stay night SideStory. Total finale story.
「幸せであるように」 -Over the Rainbow.-
「さぁ、今こそ」
皺枯れた声が響く。人在らざるヒトが。
最初は願望であったものが。
欲望となったものが。
生存理由となったものが。
最初からの理由など遠い過去に置き去り、いまや腐臭漂うソレが。
今一度（いまひとたび）の最後の欲望に身を任せる。
――器ハスデニアル。機会ハ今ヲノゾイテ他ニ無シ。
ソレは暗い笑みを浮かべる。
――逃レルコトデキズバ、楽シムヨリホカハナシ。
＊
庭で嬌声が上がった。
セイバー（アルトリア）、イリヤ、凛、桜が藤村組の家政婦さんが用意した浴衣に身を包んで、線香花火を囲んで賑やかに騒いでいる。艶やかな浴衣に四人の少女はなお一層の可憐さを、綺麗さを身に纏う。
セイバーやイリヤは花火を見るのも初めてだし、凛も桜も物心ついてからあまりこういう花火を囲んであれこれと。というのは無かったようで、普段の装いもなんのその、年頃の少女よりは幼く花火を楽しんでいた。
良かった。みんなも楽しんでいるようで。俺は縁側の西瓜を手にとりながら、この夏の一夜を楽しんでいた。
「士郎、それ切継さんの残した浴衣？」
「ああ、ようやく丈があってきたんでね。おかしいか？」
「いいや、本当に切継さんにそっくりになったな、と思ってさ。ね、士郎――」
藤ねぇは縁側に座る俺の横に座ると、いつになく真剣な口調で呟いた。
「みんながいつまでもこうやって幸せでいられるといいね」
「何言ってんだ、藤ねぇ。当然だろう。こうしていられるさ。――何かあったら俺がみんなを守るよ」
「ふーん、士郎もすっかり正義の味方なっちゃったんだねー。お姉さんは嬉しいわ」
＊
桜は自分の二の腕を掻き毟るように――実際に、彼女が握る自らの二の腕からは血が流れていた――自らを罰していた。搾り出すように俺に向かって口を開いた。
「先輩。さようなら。本当にいままで楽しかった。これだけは本当です」
「桜、おい、待て！」
＊
「シロウ。私は貴方に嘘をつきました――許しを請うことすら許されないでしょう」
「セ……アルトリア」
「だから、ここでお別れです。さようなら――愛しき人よ」
＊
「士郎。私はあの子を……最後の肉親を殺めるわ、きっと！ それが遠坂の役目だから！ 貴方に嫌われてもやり遂げる！ やり遂げてみせる！ でも、今は――今はそれが物凄く怖い――」
「遠坂……」
「さよなら、衛宮くん。いままで、本当にアリガトウ。貴方といると自分が何者であるかを本当に忘れられた」
＊
俺は何もわかっちゃいなかった。みんなの笑みにある悲しみを――。
失った後に、それがどれだけ大切だったのか。それがわかるというのか。
みんな何かを得つづけ、そして失いつづけていたのか。そして一人それがわからなかったのは、俺なのか。
＊
「シロウ。キリツグの姿ではなく、貴方は貴方自身の姿を追い求めるしかないの。あの赤き背の姿ではなく、自分自身の姿を。貴方ならできる。大丈夫だよ！ それともお姉ちゃん（イリヤ）の言うことは信用できないの？ ――さぁ立ちなさい！」
＊
助けると言ったら助けるんだ。誰一人として不幸になんかさせない。
そして不幸を当然だと、日常だと思わせない。
幸せはある。悲しみだってあるだろう。それは逃れられない運命（さだめ）。だが、それは生きているからこそ感じられものだ。
だが、だからといって、悲しみを当然のものだと感じさせてはいけないのだ。
血反吐を吐いても立ち上がるしかないのだ。アイツに出来て、俺に出来ないわけがない！
＊
セイバーは身体を反転させ、その攻撃を避ける。
――いいですか。貴方に残されたその力は――。
構わない！
剣を構え、気を蓄え、力を放つのだ。
彼女の想い人と、自分の周りにいて自分を受け入れてくれた人々の姿がフラッシュバックし、そして光が収束するかのように一点に消え去っていく。
「――！」
＊
衝撃があたりを包む。桜を礫となった瓦礫が襲う。当然の報いだ。彼女はそう思うが、いつまでたっても衝撃はこない。気が付けばそこに赤い影。壁に手をつき、桜をかばうように身を盾にしている人物がいた。
「姉さん……！」
「バカな子。でも……」
血まみれの手が彼女の頬をゆっくりとなでる。微笑む姉の表情は埃と血に汚れているものの、その笑みは何よりも美しかった。
「貴方が無事でよかった」
＊
「この現実世界から消滅させてやる――。絶対にだ！」
闘うべきは目の前の相手ではない。あの赤き背の男（アーチャー）が最後の別れ際に言ったではないか！
自分自身が敵だ。
自分の常識を超えろ！
最強でたらんと欲する自分のイメージを構築しろ！
投影、開始（トレース・オン）――。
頭が焼け付く。視界が瞬く。身体が悲鳴をあげる。
だが、屈するな！ 敵はただ、ただ、己のみ。
右手に何かが収束し、形となし、確固たる存在となる。完全無欠。その存在を確認した。
「受け取れ――！」
光が瞬き、そして――。
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