Fate/Stay night SS series #3.
「真夏の夜の――」 Mid Night Summer.
その音に気がついたのは、アルトリアとの稽古の時だった。
夏の事件このかた、英霊エミヤの記憶と経験を受け継いだ俺は、得物を干将・莫耶に見立てた短い竹刀に切り替えて、アルトリアと稽古をしていた。
「まだまだ、シロウ！ 二刀であるからには、より洗練された攻防一体でなければいけません！」
「ちぃ！」
ダダンと踏み込み、左の竹刀でアルトリアの竹刀を押さえ、右で突き（スラスト）。だが、アルトリアも竹刀を巧みに操り、それを防ごうとしたとき――。
ドカン。
――なんだ？
見ればアルトリアもキョトンとした顔でこちらを見ている。
「――爆発？」
「なんでしょう、シロウ？」
「わからないな。稽古を中断して見に行こう」
「ええ」
道場を出て、客間を通り、居間へ行こうとする。今日は全員揃っているはずで、桜が食事当番のはずなんだが――。
「凛が魔術の失敗でもしたのかな？」
「しないわよ、そんなこと」
もはや自分の部屋と化した客間から凛が出てきた。黒い太枠の眼鏡という中々お目にかかれない格好。ついでにいうなら、髪はボサボサ。酷い格好だ。
「リン――酷い格好ですね」
「ええそうよ。肝心なときにあんな音がしてしくじっちゃった――」
「やっぱり失敗したんじゃないか」
「それは結果であって、発端じゃないでしょ！」
「シロウ、リン、大人気ない」アルトリアがやれやれと嗜める。「ではどこからですか、リン」
「居間のほうよ――」
「おいおい、桜達がいるんだぞ！ おーい、桜、無事か！」
「先輩！ 大変です！」
その桜の言葉に三人揃って慌てて走り出して、居間の方へ――と向かおうとしたとき、原因がわかった。浴室から出てくる黒煙と異臭。その向こうに桜とイリヤが呆れて見ている姿。浴室を覗くと――。
「あはは、士郎、ごめーん、風呂釜壊しちゃった――」
てへへと笑うバスタオル姿の藤ねぇの姿があった。
＊
「はい、はい、そうなんですか――。いや、事情はわかりました。ええ、明日朝一でお願いします。いえいえ、こちらこそ無理言ってすいませんでした。いえいえ、マサさん、そんな謝らないでください。また今度雷画爺さんと来てくださいよ。じゃあ――」
電話をガチャンと置いて、固唾を飲んで見守る一同に振り向く。
「あー、みんな。皆に酷なことを言わなきゃならないんだ――風呂は明日まで直らない」
「「「「「えーっ！」」」」」
「そ、その、シロウ。大変困る――稽古後の沐浴は食事のあとに楽しみなのです」
ああ、アルトリア、その気持ちはよくわかる。夏場の道場で稽古なんてしてたから汗だくだしなぁ。
「士郎、なんとかならないの！」
凛がプンスカと怒っている。まぁそうだろうなぁ、そんなボサボサ頭じゃ普段のお嬢様ぶりはどっかに行っちゃってるし――。
「せ、先輩、そ、その、どうにかなりませんか」桜も部活の後だし、そりゃお風呂に入りたいだろう。
「えー、お風呂入りたいのに――」
イリヤの気持ちもよくわかる。
「ねぇねぇ、士郎、何時もみたいにちゃちゃっと直らないの」安穏と構えている藤ねぇ。
「あのなぁ、藤ねぇ。どこどうやったらアソコまで壊れるんだ。俺が知りたいよ」
「いや、ちょっと熱い風呂入りたいなぁと思って色々とイジっていたら――」
「色々と、ね――」
呆れた視線で藤ねぇの方を見る。
「大体、藤村組の風呂がリフォーム中だってことで、ウチまでお風呂借りにきたんだからなぁ――」
そこで、凛の方を見て、「ああ、遠坂。ちょっと一緒に見てくれるか――」
「ん、いいけど――」
遠坂と二人廊下へ出るなり、
「なぁ凛、前に凛が見せたときのように魔術で直らない？」
「バカ言わないで。風呂釜みたいな複雑なの、何の下準備も無しに直せるわけないじゃない――あれは硝子とか単一のものだからスンナリ行ったのよ。士郎の方は――ってできるならもうやってるか」
「ああ、パイプに亀裂が入っている。ありゃ構造強化以上のものが必要だ」
「で、どうするのよ――」
「風呂って言っても、凛の家まで借りに行ってたら湯冷めするしな――」
「藤村先生に見られちゃよくないものもゴロゴロしてるし――その――」
凛は顔を赤らめて――
「その、今はちょっと、困る――」
「？ な、なんで――？」
「バカ。女の子の部屋に来るときは予め話をすると相場が決まっているものよ！」
「あ――何？ なんで？」何がなんだかわからないなぁ。
「バカ！」 凛はプンスカ部屋に戻って行ってしまった。さっぱり判らない。
「先輩」桜が廊下に出てきて、ちょんちょんと肩をつつく。
「女の子だからって部屋が常に片付いているってわけじゃないんですよ――。一応男の子の嗜みとして覚えてくださいね」
「そ、そうか、そりゃ悪いことしたな」
大体俺の部屋があんなに片付いているのも、物があまりないせいもあるけど、ガラクタ関係はほとんど土蔵に押し込めているからだしなぁ。
「それでどうします――？」
「んー」しばらく思案したが、ふいに思いついた。「あ、そうか！」
＊
「へー、銭湯ねぇ。こんな近所にあるなんて知らなかったわ――」
「藤ねぇ、ここに住んで何年になるんだ」
「リン、銭湯はいかなるものですか？」
「んー、お風呂の大きい感じよ。公衆浴場――って、アルトリアの時代には無かったか。ローマ時代はあったはずなんだけど。――実を言うと私も行ったことはないんだけどね。桜は？」
「今年の夏前の合宿で、温泉宿に泊まりましたから――」
「大きいお風呂なの？」イリヤが桜に聞く。「うん、きっと先輩の内のお風呂よりずーっと大きいと思うけど？」
「ああ確かに」俺はうなづく。「一人の時はたまに入りに来てたからなぁ――ああ、ここ、ここ、辰の湯」
そこは見るからに古風な銭湯だった。
「うーん、風情があるなぁ、だろう、みんな」
と振り向くと、どうもみんな乗る気じゃなさそう。アルトリアまで露骨に嫌そうな顔をしている。う、うーむ……。
「ま、待て、みんな、どうした――」
「いえ、その、なんというか――」
「士郎、これってちょっと大丈夫――？」
「先輩、いくらなんでも古すぎやしません？」
「ちょっとねー、組の屋敷より古いよ、ココ」
「いいじゃないみんな！」助け舟を出したのは意外にも藤ねぇだった。
「裸の付き合いってのもタマには必要よ、さぁ、入った入った――！」
アルトリア達を押し込むように、女湯の方へと押し込む。まぁ、あれでこういったことの原因になった張本人でなければ頼りになるというものだけど。
「こんちわ、お婆さん」
番台に座るお婆さんに挨拶。
「おやまぁ、衛宮さんところの士郎ちゃんじゃないか。お久しぶり」
「ええ、まぁ――。藤ねえ！」番台の向こう側に頭だけ見える藤ねぇに話しかける。「全員分の風呂代、ちゃんと出しといてよ！」
「んー、わかった――！」
「お婆さん、銭湯初めての面々ばかりだけど、今、女湯、誰かいる？」
「大丈夫よ」お婆さんは笑った。「今時銭湯に入りにくる若い人なんてそうそういないよ。私みたいな年寄り連中はもうとっくのとうに入って寝てるしね」
「そっかー」
そうだよなぁ。大抵のアパートにだって風呂はあるしね。
「桜！」
「はーい、先輩」
「みんな、髪長いからちゃんと留めておいてな――桜だけが頼りなんだ！」
「は、はい、頑張ります！」
後ろから、えーなによ、その言い方――なんていう藤ねぇと、凛の声が聞こえてきたが、ここはあえて無視しよう。うん。
着替えを入れる籠を出して、手早く着ているものを脱ぎ捨てた。
扉を開ける――そこは、湯気が立ちこむ浴場――。
「ああ、いいなぁ、久しぶりだよ、この雰囲気」
なんだか判らないけど、悦に入ってしまう。ささ、ゆったり湯船に浸かって一日の疲れを取ることにしよう――！
「――おや？」
湯気の向こうに見えたものに、ついそんな声を出した。
＊
「いやぁ、これはウチの風呂より大きいわ――」
バスタオル一枚だけの姿のタイガが、浴場を見渡して関心してる。私も一応バスタオルを前にして見渡した。確かに大きい。シロウの家のお風呂の数倍以上。壁際には洗い場として鏡とシャワーがつけられている。なるほど、これが銭湯というものか。思わず納得してしまう。
「さぁ、みんな入っちゃおう――！」
そう言ってタイガは先に浴槽へ向かっていってしまう。
「イリヤちゃん、こっちこっち」
見ればサクラがイリヤの髪の毛を手早く留めている。
「はい、できた。滑りやすいから走らないでね」
「うん！」
私は後ろにいる人物に話しかけた。
「どうしたのですか、リン――？ そんなところに立っていて」
「んー、そ、そのねー、ちょっと、その、なんていうか――、あまり慣れてなくて――」
「姉さん」桜が苦笑して、「大丈夫ですよ。そんな、身構えなくても――」
「そんなこといっても――！ アルトリア、貴方は平気なの！？」
「なにがですか？」私は首を捻る。「べつに特段、緊張する必要もありません。これでシロウに見られた――い、いえ、見られるとかいうのであれば別ですけどね」
「む――、そんなこと、考えたくもない！」
リンは首を振って、そのままずんずんと浴槽へ向かう。
――いけない、いけない。シロウに二度ほど浴室で対面してしまったことを知られた日には、リンとサクラに何を言われるか。ましてやシロウにとってはきっと弾劾裁判が待ち構えてしまうかも――。
思わず赤面してしまう。
「アルトリアさん、さぁ、入りましょう」サクラが声をかけてくれた。
＊
たっぷり湯が張られた浴槽は足を伸ばせて快適。
「んー、広い浴槽ってのはいいねー！」
「そうですね」私も思わず頷いてしまう。イリヤもサクラも気分をよさげに湯船に浸かっている。リンだけバスタオルで頑強に前を隠して、縁に腰かけ、足だけ湯船に使っている。なにやら恥ずかしそうではある。
「イリヤ、泳がないの」
「えー、だってこんなに大きいお風呂だって思わなかったしー！」
タイガは私、リン、サクラを順に眺めたあとでニヒヒと笑い、
「しかし、桜ちゃん、本当に胸大きいわね」
「せ、先生！ な、なにを！」
胸を隠すサクラ。いや、私から見ても本当に女性らしい身体つきで羨ましくなる――これで年が近いというのが余計にその――なんというか複雑な感情を抱かせる――。
「一体何を食べたらそこまで大きくなるのやら――士郎の料理のせい？」
「ちがうんじゃないの？ だって桜、士郎の料理だけじゃ足りなくて影で色々作っているし――」
「ね――せ、先輩！ そんなこと、ここで言わなくても！ 大体先輩だって、夜冷蔵庫あさってるじゃないですか！」
「なっ、あ、あれはねー、ま……じゃなかった、勉強の時の夜食よ、夜食」
「リン、つまみ食いもほどほどにしたほうがいい」私は嗜めた。「シロウが作ってくれる朝食の質が落ちる――それに太りますよ」
「貴方はいつもそうじゃない！ 大体、それだけ食べてどこについているわけ？ 一向に胸も大きくならないじゃない！」
カチン。――ああ、なんだか今の言葉は非常に頭にきましたよ、リン！
「な、なんですって！ リン、貴方だって私やサクラと同じぐらい食べているのに、どうしてサクラみたいな体型にならないのですか。ひょっとしてウェスト回りについているのではないですか！？」
「い、言ったわね。私は桜と違って、バランスよく成長してるの」
「ひ、ひどーい！ ウェスト、先輩とほとんどかわりませんよ。逆に胸が小さいって言うべきじゃないですか！」
「なんですって――貴方みたいに若い頃からそんなに胸が大きかったら、年取ったときに大変よ！ 形だって崩れちゃうし――」
「人が気にしていることを！ 藤村先生よりは大丈夫ですよ。先生、ブラだってつけてないときおおいんですから」
「さ、桜ちゃん、何気に酷いこと言ってくれるわね――このナイスバディを締め付けちゃいけないの、わかる？」
「なにを言うのやら、単にするのが面倒くさいとかそんな理由じゃないの――」リンがやれやれと言った口調で笑うが、それがまずかった。
「むっ――」タイガの表情を見ると意外に図星だったらしい。「でいや！」
「きゃっ！」
ドッポーン! という派手な音。どうやらタイガの妙なところで発揮される体術でリンが湯船に落ちてしまった。
「はいはい、湯船に浸かるときはタオルははずしましょうね――あら、遠坂さん――」タイガがニヒヒと笑う。「まだまだのようね――」
「な、なにを――」リンが真っ赤になって両手で前を隠す。
「べつにぃ――」
「むむ、藤村先生だって酷いじゃないですか、コレ」
リンがガシっとタイガのウェストを摘む。
「士郎の料理を食べては寝ているからこんな風にツマめるんですよ。私なんてそんな余分な肉、ついてませんから大丈夫ですけど――」
「ムキーっ！ アルトリアちゃんと違ってこれは肉付きとして必要なの」
「タイガ、それはおかしいのでは――」
「嘘おっしゃい。アルトリアちゃん、貴方、前に体重計の読み方教えたらかなりショックを受けていたじゃない――」
「た、タイガ！ あれほど内緒にしてくれと頼んだのではありませんか――！！」
「「へー」」 リンとサクラが笑って、「そうなんだ――」「そうなんですか――」
「リン、サクラ、貴方達と違って贅肉なんてありませんからね。それにまだ私は発育途上ですから、貴方達のように打ち止めではありません」
「ふっ、ふん、言ってくれるじゃない、アルトリア。そんなナイムネで士郎が満足すると思っているの――？」
ガツンとリンの一言。
「サクラほど胸もない貴方がそれを言うのですか、リン」
「だって、桜ほど胸が大きかったら、それはそれで嫌われるもとよ――やっぱり程よい大きさと形だと思わないっ――？」
「ね、姉……じゃない、せ、先輩、自分を棚にあげてよく言いますね――。先輩の大きな手にはあまりますよ、その胸だと。私ぐらいのでないと」
「あ、貴方、良く言ったわね――！！」
三人で喧々諤々と言い争いを――それこそ、恥ずかしいことまで――言い始めた矢先のこと――、
「お、おーい」
その時、完全に仕切られていない壁の向こう側から声が聞こえた。聞き覚えのある声。
「し、シロウ！？」
その声にみんなの動きが止まる。みるみるうちにみんなの顔が赤くなる――。きっと私もそうだろう。
「あ、あのな、ちょっと――銭湯なんだから静かにしたほうが――」
「き、聞いていたのですか、シロウ！！」
「何も聞きたくて聞いていたわけじゃないぞ！」シロウの声が慌てて「こっちには、その、藤村組のみんなもいるんだから――」
「あー！！」タイガが叫ぶ。「そっか、銭湯に行くって言ってたっけ！！」
「ふ、藤村先生――」顔を真っ赤にしたリンがわなわな震えてる――。「最初から先生が銭湯に行けばこんな恥ずかしい思いをしなくても――」
「そうですよ、先生！」
「タイガ！！」
その後、さらに恥ずかしいことになってしまったのだけれど――その、できれば記憶から抹消したい出来事で――。
結局、シロウが番台のお婆さんに頼んで、のぼせ気味の私達を脱衣場まで連れて出してもらう羽目になってしまった。
＊
「やれやれ」
すっかりのぼせ気味の上気した面々は、揃いも揃って俯いていた。そりゃそうだろう。
その、どう考えても赤裸々な会話にすぎた。その、なんというか、刺激が強すぎた――。 藤村組の若衆は、それぞれ顔を真っ赤にして――ニ、三人鼻血も出していたけど――先に帰ってもらった。いやぁ、さすがに俺もちょっと今日のコトは夢に出てきそうだ。
「ま、こういうときは家じゃないんだから、みんな自重してくれ。特に藤ねぇ――」
「そ、その、御免、士郎。ちょっと反省してる」
手を合わせて藤ねぇは謝ってる。さすがに年長なんだからしっかりしてくれなきゃ困るよ。おまけに先生なんだから。
「大体」イリヤが呆れた口調で、「どうしてアルトリアもリンもサクラも妙なことで張りあうんだか――」
「「「うっ――」」」
三人揃ってさらに俯いてしまった。さすがにこれ以上落ち込ませることはないか。
「イリヤ、そこまでにしといて。ほら、フルーツ牛乳。買っといたから、飲んで、飲んで。のぼせ気味なんだから。それ飲んだらゆっくり帰ろう。夜風が気持ちいいぞ、きっと」
確かに夜風は気持ちよかった。自宅へ戻る道すがら、綺麗な色の月が街を照らす。街灯の光がまるで道標のように続く中、ようやく気を取り直したみんなはアレコレと話をしていた。
「ね、タイガ。セントウって気持ちいいね。また来ない？」
「――そうねー、気持ちよかったよねー」
「私はもう結構よ」顔を真っ赤にした凛が、「やっぱり自宅で一人で浸かっていたいわ――」
「わ、私もいいです――」顔を真っ赤にした桜が、「しばらくあのお銭湯には行けません――」
そりゃそうだ。あれからブラのカップだの下着の趣味だの、色々な話が飛び交っていたのだから、そりや恥ずかしい。ついでにいうと、しばらく藤村組にも顔は出せそうにない――。
その会話を後ろで聞いていて苦笑していると、アルトリアがいつの間にか横にいた。
決してのぼせという理由だけではなくて、顔が真っ赤になっている。
「どうした？」
「シ、シロウ、笑わないで聞いてほしいのですが――とても、とても真剣な問いなのです――」
「ん？」
彼女が小声がぶつぶつというので、耳を近づける。
「シロウ――、シロウは胸の大きい女性が好みですか？」
「ば、ばか――」思わず赤面して、「そ、そんなわけあるか――」
「それともイリヤみたいな――」
「それもちがう！」
前を行くみんなが会話を聞いていないことを確認して、屈んで、彼女の耳元へ。
「あのな――これは内緒だぞ。それに一度しか言わないから良く聞いて――」
「は、はい――」
「アルトリアが好きだ。胸の大きい小さいとかは関係ない。それじゃ駄目か」
彼女はその言葉を聞くなり、今度こそ顔はおろか、うなじまで真っ赤にして、俯いてしまった。呟く言葉。
「ひ、卑怯です。不意打ちです。ズルいです。シロウ――」
「な、なんで――」
「そんなこと言われたら、何て答えていいかわからない」
「う、うーん」
助け舟というか、予想外の言葉は前を行くあかいあくまがもたらしてくれた。
「アルトリア、どうかしたの？ 具合悪いの？」
「大丈夫ですか？」
「だ、大丈夫です、リン、サクラ。で、でも、ちょっと上せてしまったのでしょうか――」
「そっか――」持っていた風呂道具を入れた洗面器を藤ねえに押し付けて、屈みこむ。
「ほら、アルトリア」
「な、な――。なんのつもりですか、シロウ！」
「なんのつもりって、背負ってあげるから、ほら」
「あ、歩けます！」と叫ぶが、思わずフラフラと立ちくらみのようになってしまう彼女。
「ほら――」
「アルトリア――」凛がやれやれと言った口調で、「そのバカが折角背負ってくれるっていうから、してもらえば――」
「そ、そうですか――で、では、失礼します」
彼女の小さいながらも均整の取れた身体が背中にかかるのを確認する。
「じゃ、しっかりつかまってな、アルトリア」
「は、はい――」
肩口から回された手が胸の前で交差する。
「よっ、と」
歩き出す。彼女のシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。どうして彼女はこういい匂いをさせるんだろう――。湯上りっていうだけじゃなくて、その――。
「シロウ、そ、その――お、重くないですか――」
顔を真っ赤にした彼女が問いかけてくる。
「大丈夫さ。全然」
「そうですか」
アルトリアはそれっきり、何も言わないが、不意に笑った。
「なに？」
「――前の出来事を思い出したんです」
「ああ、そうだな――」聖杯戦争のあの二週間の間、どれだけこんなことがあっただろう。「本当、担いだり、担がれたり、多いな、俺たち二人って――」
「そうですね、シロウ――」
アルトリアはギュッと首に掴した腕の力を強くした。
「最初に出会ったころとは随分変わってしまいましたね、私達は」
「そうだなぁ、最初はサーヴァントで、俺は不甲斐ないマスターで――」
「それはお互い様です。私も自分のことしか考えていないサーヴァントでしたから――」
彼女は俺の肩に頭を預ける。
「でも――今は一番シロウを身近に感じます」
「そっか――」
――しかし、いい雰囲気もそこまでだった。
「ね、士郎」あかいあくまがジトーっとした目でこちらを見てる。
「なんだよ」
「アルトリアを背中に背負ったからって、硬くしちゃだめよ。ナイムネでも密着してれば感じるでしょうから」
「するか！」
――ああ、実のところいうと、アルトリアの鼓動も、その胸の感触も感じていたのは事実なんだけどね。
言葉の意味を理解した桜が顔を真っ赤にしてしている。アルトリアはムスーっとした顔で、
「シロウ、それは私に魅力がないということですか？」
「ち、違う。それはそういう意味じゃなくて――」
「シロウ、そういうこと言うのはどの口ですか――」
両頬をつねってくるアルトリアに慌てて叫ぶ。
「い、いひゃい、や、やめろって――」
その声に俺とアルトリア以外のみんなが笑い出した。
――なんてこんな目にあうんだ！
いや、きっと答えはわかっているんだけどね――。
後書き(4/2)
「檸檬月夜にもう一度」「幸せであるように」の時系列上にある物語です。ちょっとHっぽく書こうと思ったのですが……うーむ。こういうのはヴィジュアルで見るのが一番なんでしょうか。と自覚してしまったり。中々うまくは行きませんね。反省です。
基本的に短編関係はアットホーム&ホームコメディで行こうと考えいたりして。
「エピローグの続きを！」という言葉はとてもありがたくうけとっております。が――、ひょっとしてみんな望んでいるのは、最後の凛のエピソードなんでしょうか。うーむ。あれはちょっと地雷を踏みかねない内容のオンパレードになりそうですが――、ちょっと思案のしどころですかね。
次回作はボーイ・ミーツ・ガール&ラブコメ？ですよ、ええ、初めての挑戦です！(w タイトルは「ありきたりな、ロマンス」とだけ決まっていますが、中篇っぽくなりそうです。
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