Fate/stay night Serial SS
「幸せであるように」 -Over the
Rainbow-
Scene 5-1. 「訪問者」
The Visitor.
イリヤは庭先に出て、厚い雲が覆い始めた夜空を見上げる。
星は流れの速い雲のせいで見えなくなりつつあり、わずかに雲の霞によって赤く染められた月だけが見えた。
――まるで血の色。
イリヤは、セイバーとリンが何事か悩みを抱えていたのは知っていた。サクラも鬱屈としたものがその心にあることを彼女は感じていた。その体内に禍々しいシロモノを抱えているのも知っていた。なにより自分も同じ目的で生まれたのだから、サクラの苦しみは良くわかる。
――そして、何一つ知らないのがシロウだけだというのも、また知っていた。
それでいて何もしなかったのには理由があった。
彼女は、自分を受け入れてくれた人々に、この災厄がいつの日か訪れることを知っていた。
彼女は、自分を受け入れてくれた人々に、それだけの理由で救う気など毛頭無かった。
彼女は、自分を受け入れてくれた人々に、この災厄が乗り越える壁であることを硬く信じていたせいもある。
彼女もまた、アインツベルンによって造られし存在として、その性質は魔術師よりともいえた。そう、優しさが故に刻薄。天使なるが故に悪魔。そういうところがあったのだ。
それでも彼女は、信じていた。何かを果たすために何かを捧げる必要があるのだと。そして、自分の良く知る人々が今、それに直面していることも。彼女は呟く。
「未来の道標が指し示す先が誰にもわからないのに食い止めようとしても駄目なのよ。セイバー、リン。
そして、サクラ。自分の殻に篭もって、自分から逃げて、それで貴方は幸せといえるの？
そして、シロウ――。私の大切なシロウ。貴方は最大の痛みに直面するわ。すべてを失い、貴方は何を見るの――？」
イリヤは何かの決意を決めて、歩き出す。その時、脳裏に鈴の音が鳴るような感覚が走る。
チリチリ、チリチリと――。
それはキリツグの遺した結界からの知らせだった。屋敷を取り囲む結界に踏み入った訪問者がいることを知らせている。
「誰だろう――。悪意の持ち主ではないみたいだけど」
イリヤは周囲の気を探る。感じ取った気配は、あまりに無遠慮、それでいて親しげなもの。それは、闇夜の向こうに現れて、声を発する。
それは皺枯れ声、年輪の深さを感じさせる渋い声だった。
「夜分遅くに失礼するよ。小さいお嬢さん（フロイライン）――」
Scene 5. 「彷徨いたまいし星々」 The Stray Stars.
「痛ったたぁ。セイバー、大丈夫？」
「ええ、リンも大丈夫ですか？ ――シロウ、大丈夫ですか！？」
「落ち着いて、セイバー。頭を打っているかもしれない。脳震盪なら頭を振っちゃ駄目よ」
「はい――」
＊
「どう？」
「ええ、怪我もないようです」
「そう、よせばいいのに私達を庇っちゃうんだから、士郎も相変わらずっていうか――」
「でも、それがシロウですよ」
「言えてるわ。で、ね、セイバー。私、これから柳洞寺に行こうと思うけど」
「正気ですか、リン？ それが何を意味するか、賢明な貴方ならわかっているはず」
「ええ――でもね――」
＊
「――そうであっても賛成できません。シロウに何と言うのです！」
「士郎を巻き込ませたくないの、私は！ セイバーはそうじゃないの！ コイツにこれ以上求めたら、きっとわき目も振らずに突き進むわ。すべてを投げ打ってでも助けようとする！」
「そ、それは――」
「私は、コイツを、コイツをアーチャーに……」
「リン、今何と？」
「わ、忘れて。今のナシ！ ナシったらナシよ！」
「――やはり、シロウは、貴方のサーヴァントだった……英霊になるのですね」
「セイバー! 何でそれを！」
＊
靄がかった意識の中、アルトリアと遠坂の会話が途切れ途切れに聞こえる。何を一体話しをしているのか、会話が断裂していて何がなんだか分からない。
――ただ、ひどくそれは重要なことで――。
起きないといけない。話を聞かねばならない。話さなければならない。
――くそ、桜があんなに思いつめてたなんて、わからなかった。あの花火の夜に俺に言っていたのはそういうことだったのか。
――遠坂を止めないといけない。姉妹で戦うなんて、命を奪い合うなんてやっちゃいけない。
――そして、アルトリアを守らねばならない。彼女は強いが、それは剣のような強さだ。その剣で斬れないものが現れたとき、必ずや自らの身すら砕くことになるだろう。
その時、優しい手が頭をなでる感触がした。ひんやりとする額。
「――ン…」
「気がつきましたか？ シロウ」
目を覚ますと、アルトリアがこちらの顔を覗き込むように見ており、額に濡れたハンカチをあててくれていた。安堵の表情を浮かべている。
「くっ――」
「まだ起きないで。リンの見立てでは脳震盪や全身打撲だという話です。まだ立ち上がってはいけません」
「こ、ここは？」
「サクラの家から離れた公園です。サクラの家が崩壊して、今周囲は大変なことになっていますが、その騒ぎを避けるために二人でここまでシロウを運んできました」
「く、くそ――桜が！ 遠坂は！？ あのバカを止めないと！」
「バカってなによ、バカって」
遠坂がムスっとした顔でこちらを覗き込む。
「まったく、ちょっと待ってれば私が場（フィールド）を作ったものの、余計なことを」
「悪かったな！」
「シロウ」
アルトリアに優しく、だがしっかりと押さえつけられてしまう。くらくらする頭を無理やり捻じ伏せて、
「遠坂。桜を助ける方法は無いのか！？ 姉妹だろう。殺しあうなんて、真似――」
「さっきから言っているけど、私、やるわよ。それが遠坂の宿命(さだめ)だもの」
「だけどな――」
「じゃあ、士郎。貴方は、あの禍々しいシロモノと同義になった桜を救う手立てがあるの？」
「くっ――」
無かった。そうだ、心のどこかに遠坂ならば何か解決策があるかと頼っていた。あの聖杯戦争の時も、遠坂の知識に頼っていた――くそ、そうだ。彼女が無いと言えば、それは無いのだ。それ以上の方法があることを示すことが必要だが、俺にはそんな知識はない。
「無いでしよう？ 桜に埋め込まれたという、杯のカケラ。
あれが聖杯の真の形、アンリ・マユであれば、あれは血を、魔力をもとめ、今度こそ本物の悪意の塊となって産み出されるわ。この世のありとあらゆる悪意。渾然一体となった力が、この地に溢れ出す。
それは奇跡という名を借りた現実改変よ。決して見逃していい類の話じゃない。そして、それを操るものが、あの臓硯であれば、何をやる気か――。」
「……」
「それでも士郎は、桜をそのままにしておくの？」
「臓硯のやつを倒せばいいだろうが！」
「名にし負う円卓の騎士達に守られているやつを？ 無茶言わないで。セイバーが強いといっても、向こうはセイバー級の剣の達人がゾロゾロいるのよ。ましてや士郎がアイツらにかなうと思う？ 私だって直接物理攻撃は無理。
私達にできることがあるとすれば、全力をもって桜を倒す。これしかないわ」
アルトリアが止めるのも聞かず、半身を起こして遠坂の肩に手をかける。
「遠坂――！ お前はそれでいいのか！ 実の肉親だろう。最後の、たった一人の肉親で、妹だろう！ どうして最初から何もかも諦めたような口で――」
「わかったような口を聞かないでよ！」
遠坂は俺の手を振り払う。
「何度でも言うわ。私は遠坂の後継者よ。この地を乱を起こすものがいればそれを正すわ。それが実の肉親でも――最後に残された妹でも！ それが遠坂の役目。遠坂の務めなのだから！」
「と、遠坂――」
「そうよ！ 私は桜を倒す。倒してみせる。士郎。例え貴方に嫌われようと、倒されようとも。
――第一、士郎、貴方をこれ以上戦いに巻き込ませるわけには行かないの！」彼女はそう叫んだ。
「なっ――なに？」
彼女はハッと自分が何を言ったか理解すると、俯いた。そして、つぶやく。
「――貴方が戦う必要なんて、何もない。これは私の戦い。私だけの戦いなのだから」
遠坂は俯いたままにそう断言した。彼女の顔からは光る何かが零れ落ちる――。
「――さよなら、衛宮くん。桜を倒しても、倒せなくてももうこれでお別れね」
「と、遠坂！」
「貴方といると、私が一体何者なのか、すっかり忘れるの。このままいると私が私で無くなるから、だからさよなら。そしてありがとう。女の子らしいって言ってくれて、本当に嬉しかった」
じゃあね。と遠坂は俯いたまま、走り去っていく。
「お、おい遠坂、待て――！」
追いかけようと身を起こすが、力が入らない。アルトリアが、そっと身体を支える。
「なっ――」
「すいません、シロウ」
アルトリアは哀しげに目をそむけつつ、
「さきほど、リンと話をして貴方に術を仕掛けてます。――時がたてば貴方の体力であれば元通りになるでしょう」
「な、なんだって、アルトリア、どういうつもりだ！」
「先ほどもリンが言ったとおり、貴方を戦いに巻き込ませるわけには行かないのです。リンにはサクラの問題があるように、私も、臣下たちの告発に身を晒さねばなりません」
「ば、バカを言うな。もし、アルトリア、お前に罪があるのだとすれば、それは、この俺も背負うべき――」
アルトリアは哀しげな笑みを浮かべた。
「シロウ。私の罪とはそれだけではないのです」
「なっ？」
「私がこの地に現界したのは、リンとイリヤの力だけではないのです。逆にいうと、”リンとイリヤが成すことを知っていた”ためにこの地にいるのです」
「な、なに？」
「私が現界したことは、一つの取引でした」
「なに？」
「それは、私という存在をこの地に現すための定めです。――つまり、私は私がこの地に必要であることを望んでしまったのです」
「それは、それは――」
「そうです。この地に災いが振りかかることを私はわかっていた。私という要因加わることで、この地にいる貴方や、リンや、イリヤや、そしてサクラに起きる災いを知っていたのです」
「――な、なんだって！？」
「すいません。この罪はいくら贖おうと贖えるものではないのはわかってます。しかし、私は、私はそれでもシロウ、貴方に今一度見えたかった」
彼女の瞳から涙がこぼれた。
「貴方と暮らしている幸せに、私という存在が起こす災厄が目の前にあることから目をそむけていたのです」
「何故だ、アルトリア。何故そのことを話してくれなかった」
「話をすれば貴方は、きっと私とともにその災厄を打ち払うために戦うでしょう」
「決まっている！」
「ならば、話せません。貴方が戦うことで、貴方は貴方自身の望む姿を手に入れてしまう。それは何としても避けねばなりませんでしたから――」
「な、なんだって――」
「もう一度言います。私も、サクラやリンと同じように貴方に嘘をついていました。この罪は赦されるものではありません。
しかし、それでも一つだけ解決する方法があるのです。
それは私が私自身の罪を贖い、そして、災厄を打ち払うこと――」
「ア、アルトリア――」
彼女はそっと俺の顔に近づいて、そして、何事かを耐えるように首を振った。
「さようなら。私の、私の愛しき人――」
彼女は立ち上がり、走り出した。
「ま、待て――アルトリア、遠坂――！」
立ち上がろうとするが、力が入らない。地面に転がる。
「く、くそ――」
歯がゆさに頭にきた。
これでも、これでも、俺は正義の味方なのか！
これが彼女たちを守ると誓った俺の本当の姿か！
誰一人も救えず、救うことすら跳ね除けられた。これでも、俺は、俺は――！
「畜生――！」
見上げた空は厚い雲が立ち込め、いつしか、頬を一滴の雨粒が叩きはじめた。雨粒はやがて本格的な雨となっていく。
「畜生、畜生、畜生――！！」
叫びはただ、闇夜に吸い込まれていった。
Scene 5-2. 「二人だけの戦い」 The Girl Friend Army.
「情けない、遠坂凛とあろうものが泣かされるなんて！――」
――こんなはずじゃなかった。あんなこと言う気じゃなかった。
――泣き言じみた言い訳なんて口にする気はなかった。泣き顔なんて見せたくなかった。
――何よりアイツのあんな哀しい顔なんて見る気は全然無かったのに！
凛は深呼吸を二度。目の端から零れ落ちそうになる涙を袖で拭う。
「――リン」
「……なに、セイバー？ 貴方まで？」
闇夜にいた少女は街灯の下に現れた。
「いいのですか、シロウにあんなことを言って？」
「いいのよ。あのバカ、足手まといだからこっちから置いといてあげたの。セイバー、貴方がついてあげなくていいの？ アイツ、えらく心配していたけど」
「私は――」セイバーは悲しげに笑う。「シロウを謀ってました。嘘をついてました。もう彼の前に立つことは出来ません」
「そう、それならしょうがないわね」
人には色々と事情があるものだ。凛はそう納得して何も口にしない。セイバーは凛の心遣いに感謝していた。なんのかんのと言っても彼女は優しく無深慮に相手の心に立ち入らない。
セイバーとともに柳洞寺までの道を歩きはじめた。それでも二人そろってその足取りは重い。
「リン」
「なあに？」
「サクラを本当に？」 倒すのですか？という問いに凛はうなづいた。
「倒すわ。――それが、遠坂家当主としての定めだから。貴方ならわかるでしょ？」
「そうですか……そうですね」
セイバーは哀しげにうなづく。ブリテンの騎士王であったころ、彼女は大多数を救うために時に少数を犠牲にした。上に立つものはえてして少数を犠牲にすることを是としなければならない。それは力を持った者が故の定めともいえた。
今度は凛がセイバーに問いかける番だった。
「セイバー、貴方もどうするの。寄り代にすぎない、亡霊……それでも自分の部下だった騎士達からああ言われても、相手に回して剣を振るう？」
「……そうですね、振らざるを得ません」セイバーはきっぱり言い切った。
「私の罪は罪です。これはこの地に来ることを選んだ時点で負ってしまったものですから。それでも抗うしかありません」
凛はしょうがないかとうなづく。魔術師である以上、時に人道に外れる行為だってある。だが、それは誰のものでもなく自分の判断で選んだ道。誰に告発されたとしても自分の責として受け止めねばならない。それは自分の道を自分で切り開くことを選択したが故の定といえた。
クスリと凛が笑う。セイバーはどうしました？と尋ねると、凛は今度は苦笑交じりに、
「ね、セイバー、私、貴方に言ったかしら？ 本当はこの前の聖杯戦争の時に貴方を呼び出すつもりだったのよ――。ま、実際はあの皮肉屋のアーチャーだったけどね。
でも、私と貴方ならこんなに調子が合うのにね。二人なら、あんな苦労も痛い思いもしないでちゃちゃっと聖杯戦争だって私たちが勝っていたと思わない？」
「思いますね」セイバーも珍しく苦笑して答えた。「リン、貴方がマスターだったら私も苦労せずに全力で戦えたでしょう」
二人はそう言うと、お互いの顔を見合わせて笑った。
無論二人ともそれが最短の道だったとは思うが、最高の、最良の道ではなかったことを知っている。あの少年に出会って二人は大きく進むべき道を変化させたのだ。そして、少年の存在は二人の心に深く在る。それを悔いているわけでは決してないのだから。
＊
「ね、セイバー。貴方、いつ士郎がアーチャーだと気がついたの？ ――私はアーチャーから渡された私のペンダントを、アイツが持っていて気がついたのよ」
「厳密に言えば、あの戦いでは気がつきませんでした」
セイバーは深刻な表情をした。
「リン、貴方に以前私がサーヴァント未満の存在であると言ったことを覚えていますか？」
「ええ、時の輪廻から外れた存在。常にある点にとどまり、サーヴァントとして呼び出される存在ね。聖杯が手に入るまで」
「そうです。それは聖杯が手に入るまで何度も違う場所、時代で呼び出されることを意味します。しかし、常に呼び出される場所が一つと限りますか？」
その曖昧な問いかけに凛は、若干考え込んだ。
「――そうね、場所は違うといえでも、流れは一つとかぎらないわね。遠坂の大師父にあたるゼルレッチってすごい魔法使いがいるんだけど、この人の使ったっていう第二魔法のことを考えれば、”向かわされる場所が今私達がいる時間軸”でなければいけない理由は何もないわね」
セイバーはコクリとうなづく。
「そうです。そして、私は様々な戦いを経験したのです。記憶だけはまるで本を読むかのように明確に、それでいてあやふやに残るものですが。
そしてそこでは――リン、私はシロウとリンと共に戦うこともあれば、貴方達に剣を振るったことを記憶している」
「な、なんですって？」
「そうです。リン――」
セイバーは、呆然としている凛に向かって、
「私は貴方達の敵となって、そしてシロウに打ち倒されましたこともあります」
「――！」
「そして、貴方のサーヴァントであった、アーチャー。英霊エミヤとシロウが戦ったことも記憶している」
「――そうだったの。それで、士郎の未来を知ってしまったのね」
「そうです。このまま行けば、シロウは英霊エミヤとなる。しかし、私がこの地に現れても、それは霊長の保護する存在の手によるものであり、私が存在するだけの理由があること――つまり、災厄があることの証でした――」
「つまり、私とイリヤが霊道をつないでしまったことが原因だけど、それはきっかけであり、定まった道だったのね」
「そうです。あの時、私には二つの選択肢がありました。アヴァロンでは時は停滞しており、時の流れに逆らうことも可能でした。逆らえば、この地に災厄は起きない可能性がありましたが、確実にシロウは英霊エミヤとなります。流れに順ずれば、災厄は起きますが、シロウが英霊にならない可能性がありました」
「――酷な二者択一ね――神様ってやつも残酷だわ」
「そうですね」セイバーは、憂いのある笑みを浮かべた。
「まったく、そうですね。でも、私はシロウに会いたかったのです」
凛はセイバーの横顔を見る。凛々しく整った顔立ち。しかし、年のころは私と変わらないのだ。私と同じように悩み、傷つき、選択を強いられていたのだ。でも、あのバカ（士郎）が言うように女の子なのだ。
「しょうがないよね、あのバカ、好きになっちゃったんだから」
「そうですね、リン。貴方も、本当にわからない人です。私のことなど構わず、シロウに告白すればよかったのに」
「――私はね、不戦勝なんて大嫌いなの。それに、士郎の心には絶対に揺らぐことのない貴方がいるんじゃ、私のことなんて振り向いてもらえないじゃない？ 貴方がいたら、貴方のことを嫌うかもしれないじゃない。私、こう見えても結構策士なんだからね」
「ふふ、そうですね。まったく、リンは優しいあくまです」
セイバーは凛の不器用な偽悪趣味にクスリと笑うと、凛は顔を赤くして、ふん！と呟く。
＊
二人は柳洞寺に上る階段下にまで来ていた。
澱んでいた魔力がまるで渦のようにこの地に収束しつつあるのがわかる。魔力に耐性のあるものでなければ、一瞬に中てられてしまい床に伏してしまうだろう――。それほどまでに強い魔力がこの地に滞留していた。
「これは――」
「なかなか凄いことになっているわね――」
凛が立ち止まり、セイバーのほうを見る。セイバーもその視線に気がついて凛のほうを見た。
「セイバー。実はニ、三、お願いがあるの」
「わかってます。私もあるのです。――貴方がサクラを倒せなかった場合、私が倒します。安心してください。その代わり――」
「円卓の騎士達は私が責任をもって消滅させるわ」
「ありがとう、リン」
「それからね、これ、重要な点よ」
「なんですか？」
「貴方がアーサー王だったのは知っているけど、真名は知らないの。いつまでもセイバーなんて、貴方はサーヴァントじゃないんだから、そんなの嫌よ。私。友達の本当の名前ぐらい知りたいの、駄目？」
セイバーは一瞬唖然とした後で嬉しそうに笑った。戦いの前だとしいうのに、この少女はなんて気楽なんだろうか！
「駄目じゃありませんよ。リン。私の名前は、アルトリア。アルトリア・ペンドラゴンです」
「そう。アルトリア、アルトリアか！ いい名前。セイバーなんて名前よりもずっとね」
「貴方の名前も綺麗ですよ、リン。響くようないい名前です。いつも貴方に嫉妬してたんですよ。身体つきも女性らしく綺麗で――」
凛は顔を真っ赤にして、「やめてよね！」と叫ぶ。二人は顔を見合わせて、しばし笑う。涙を浮かべるほどに。
それから、お互いの顔を見てうなづく。
「――リン、それでは行くとしましょう」
「そうね、アルトリア」
二人は寺に続く長い階段を一気に駆け上り始める――！