GunParadeMarch Novles. 4th Session.
「日常」
人気の無い廃墟と化した街並み。その中を、ガスタービン特有の甲高いエンジン音を響かせながら、一台の戦車が現れた。装輪式車体にトップヘビー気味の回転砲塔。砲塔には、４２３１と書かれている。それは九州に属する学兵であれば所属がどこであるかを示すものだった。第四連隊、第二大隊、第三中隊所属の第一小隊。というわけだ。総じて、４２３１小隊と呼ぶ。
戦車は、街の大通りを伺うことができるようにビルの影に停止した。
ハッチが開いて、戦車兵が中から半身を晒す。久遠型と呼ばれる軽装タイプのウォードレス（甲冑）に身につけた女性だった。短めに切りそろえられた、ボーイッシュな髪。首元には戦車兵の証でもあるブルーのスカーフ。耳には控えめにつけられた穴あきタイプではないピアス。ヘッドセットに、ちょっとした雑音と共に声が響く。
「ジュエル０１（指揮車）、トパーズ１８（１８号車）」
「トパーズ１８、待機地点に到着。これより、作戦開始まで待機します」
「了解」指揮車搭乗のオペレーター、美由紀の声だった。「じゃ、後で味ののれんで食べよ、夏美」
「了解」
そういうと、夏美と呼ばれた女の子はハッチを閉める反動で、身を砲塔内に収めた。戦車長（リーダー）席に座る。そこへ狭い車内で身をくぐらせる黒い影。
「加奈、チェック終わった？」
「うん、問題なし」黒髪に金色のメッシュを入れている女の子が顔を上げて、自分の持ち場につく。板東加奈の担当は砲撃手（ガンナー）だった。「新式の幻獣用弾頭はまだウチのとこ回ってこないのかなぁ」
「あれって、海東高校んとこのオリジナルって噂じゃない」
「独占してんの？」
「ていうか」加奈の席のちょうど反対側、砲身基部を挟んで右側に座る操縦手（ドライバー）、松井良香が話しに加わった。「弾芯のチタンなんてレアメタル、そうそう手に入らないって話ですよ」
「ふーん」
加奈はメッシュのある髪を押さえるバンドを頭に巻く。彼女のいつもの儀式だった。
一方の良香は、ネックレス代わりのボディ・タグを取り出して、枚数をカウントしている。本当なら二枚だが、彼女はなぜか四枚。本人曰くおまもり代わりだというが、夏美と加奈の間ではカレシのモノに違いないと踏んでいた。今度の戦いが終わったら、味ののれんにつき合わせ、ガンガン酒を飲ませて白状させてやろうとたくらんでいたところだった。
「それにしてもさ」加奈が、ＨＭＤ（ヘッドマウントディスプレイ）付のヘルメットをかぶりながら、「こんな市街地で戦闘なんて、Ｍ型を装備している部隊に任せてろってんだ」
「いわないいわない」、戦車長である夏見も同意していたが、それを認めるわけにもいかない難しさもあった。「第５大隊しかまだ装備してないっていうし、定数を満たしていないっていうじゃない」
「同じ士魂号って名前がついていても、あちらのお値段はＬ型の４倍以上ですからね」
士魂号といえば、学兵にとっては戦車のほうを指す。普通の学兵が「人型」と呼ぶのが、士魂号（Ｍ）型と呼ばれる人型戦車の意味だった。どうしてこんなややこしい羽目になったかといえば、一重に芝村と呼ばれる不可侵存在と、予算獲得および経費ごまかしのためだった。
「それにしたって市街地で戦車は無いだろ。随伴歩兵（スカウト）がいるにしてもさ」
「今回の任務は、準竜師直下の生徒会幕僚団とききましたけど？」
良香が遠まわしに、ややこしい任務であることを夏美に説いていた。一学年下の良香はいつもこうやって丁寧な口調で問い掛ける。夏美は溜息まじりに答えた。
「少ない人型をやりくりするにも限度があるし、こうして薄いところは私たちがカバーする必要があるのよ――というのは建前。本音のとこを言うと、人型使っている小隊の稼働率が落ちているらしいのよ」
「そんで、うちらがすり減らされる、と。たまんないわね、実際」
「はいはい、そこまで、そこまで」夏美もヘルメットを被りながら、「生憎と私の戦車にいる腕のいいガンナーを失いたくないの、ＹＥＳ？」
「イェッサー、リーダー！」加奈が軽妙な口調で、ヘルメットのＨＭＤと戦車の照準コンピューターと接続（ジャック）する。この程度の危険な話題のやり取りはいつものことだった。こうでもしないとガス抜きもできない。加奈が戦闘前のチェックを始めた。無論出撃前にもしているが、何度でも確認するのは夏美の流儀だった。他のメンバーもそれには従っていた。
「照準シンクロ、Ping確認。サーマルジャケット問題なし。自動装填装置テスト――」夏美の足元、士魂号の後部からガッチャンという機械音がした。モーター音がうなり、もう一度機械音。「――榴弾装填完了、弾装パターン、２２２（トリプルツー）チェーン、四ブロック」
ＭＰ（多目的）榴弾二発、幻獣用針弾芯弾頭（モンスター・スピア）二発、ＭＰ榴弾二発という組み合わせの弾装ブロックが、四つあることを示していた。自動装填装置のため、一ブロックを放つと若干のタイムラグが生じることの再確認だった。
一方、操縦席側の良香もＨＭＤヘルメットを接続し、最終確認を行っていた。
「エンジンに問題なし。電源供給ユニット問題なし」
「よろしい」夏美は、自分のＨＭＤと戦域情報システム（ＢＦＩＬ）をリンク。指揮車、および戦域上空を回っているきたかぜ電子戦機、きたねことの情報をラップする。「戦域情報システム、エンゲージ、確認」
士魂号が最終的に戦闘可能状態になったことを戦術コンピューターが確認。戦域情報システムを通じて、指揮車へ圧縮暗号情報が飛び、返って来る。ＢＦＩＬのトパーズ１８シンボルが、イエローからグリーンへ変化した。
「シンデレラ・タイムまで、あと３０秒」
地震のような鈍い振動、装甲を通して聞く衝撃波。指揮車からのオープン・チャンネルで、状況説明が入った。
「曲射砲弾着、今！。弾着地点確認。オン・ターゲット。効力射、開始要求」
加奈がピューっ！と口笛を鳴らす。
「一発目からドンピシャなんて珍しい」
「よほど、腕のいい部隊ですね」
「ま、ね」
夏美は指揮車にいる友人の美由紀から聞いた話を思い出した。今回は、準竜師直轄部隊が出張っているから、色々助かるといっていたから、おそらく腕のいい支援部隊がいるのだろう。指揮車から、連絡がはいった。
それから数分、曲射砲中隊による支援が行われた。恐らく市街地の西側は廃墟というより、ただの瓦礫の平原となっているはずだ。夏美は砲塔に据え付けられたセンサー・ブームを伸ばして、幻獣の進行ルートである大通りを望む。ブームの突端にある、多目的（ＩＲ、レーダー、サウンド等）センサーからの情報にはまだ何も入らない。戦闘前のブリーフィングでは、この後スカウトが展開し、斥候。敵幻獣を砲撃網に捕らえるという手はずになっていた。士魂号が単独で待機しているのもそのせいだった。
「ターコイズ（スカウト隊）展開。各自、曲射砲支援後、作戦行動に――」
その言葉を最後に、甲高い雑音が混じり、指揮車の無線が途絶えた。
夏美は即座に戦域情報リンクをチェック。複数の回線手段が指揮車が破壊されたことを知らせていた。友人のことを思い出し、少し舌打する。無事であってほしいけど――ダメかな――。
戦域情報リンクには、背後に敵幻獣の姿がいることを伝えていた。指揮車がいない以上、これ以上はわからない。
――嘘、敵は背後に！？
「――ジュエル０１、ジュエル０１、連絡を！」
「こちらターコイズ８、敵ミノタウロスを含む勢力に遭遇、支援を――」
「曲射砲支援を――」
無線連絡は沸騰状態だった。戦術情報リンクの画面では、完全に幻獣勢に背後を取られたことを知らせていた。戦域情報システムは、情報を整理することが出来ず、リンクの復旧もままならない。
――最悪！
夏美は、自分が次席指揮官の位置にあることを思い出し、オールバンドで指揮権掌握を開始した。戦域情報システムを遮断直前の状態に戻す。
「アテンション・オールガールズ！ アテンション・オールガールズ！ こちらトパーズ１８！ ミッション・アボート、ミッション・アボート！ 各員、後方よりただちに避退開始！ 無事ならＢＦＩＬリンケージをトパーズ１８にスイッチなさい！ しないやつはＭＩＡ（戦闘時行方不明）扱いにするわよ！」
ちらりと戦術情報リンクの画面を見る。生き残っている車両、スカウトから信号が入る。寸前まで展開しようとしていた部隊が細切れにされていた。自分が指揮する戦車分隊は少なくとも無事だが、指揮車と一緒に展開していた部隊は壊走を始めていた。そちらの部隊からはリンクもこない。ＩＦＦセンサーから作られた情報だけだ。
完全に挟み撃ちにされていた。
敵勢力の一番薄いところを確認する。悪夢のようだった。大通り方面を突っ切って南西方向へ逃げるしかない。あんな見通しのいいところを！
夏美はほんの少しだけ考えた。――ダメ、打開策なんてない！ でも悩んでいるのはもっとダメ！
オープン・チャンネル。指示を飛ばす。
「ポイント０５の通りを突っ切って、南西に抜ける！ トパーズ１８が殿。トパーズ１５、トパーズ１７、援護に来て。トパーズ１６、トパーズ１４は前面を突破！ ターコイズはその後をついて！」
無線には各々勝手な言い分が飛び交い始めた。普段通りであれば、コマンド・ラインに従うはずだが、あちこちで寸断されている状況ではいたしかたない部分もあった。なにより、学兵であり、このような突発事態になれているわけではない。
「黙りなさい！ 文句があれば全てが終わったあとで聞くわ！ 今は生き残るために戦いなさい！」
夏美はそういうと、「作戦開始」と告げて無線を切り替える。その間にちらりと仲間に指示を出した。
「そういうこと、加奈、良香、楽しいことになってきたわ。ちょっと付き合ってもらうわよ！」
「アイアイ、サー！」加奈が景気よく言い、いつも冷静な良香は、「大通りに出ます」と夏美の指示を待たずに移動を始めた。腕のいい操縦手は、戦車長の指示を待たずに戦車長が望む最適な場所へ移動するものだ。
ガスタービンが駆動開始。猛烈な勢いで士魂号は大通りに出る。センサーは悪夢のような幻獣の姿がいることを知らせていた。夏美はその間に無線のチャンネルを代える。
「フォックス２２。フォックス２２。こちらトパーズ１８」
「フォックス２２、トパーズ１８。コマンドライン違反だ」
――バカ。状況をチェックしてないの？
「トパーズ１８。フォックス２２。状況Ｄ発生。繰り返す。状況Ｄ発生。４１３１小隊ジュエル０１消息不明。現在トパーズ１８が指揮権代行。戦域情報システムとのリンク、そして大至急援護を請う。曲射砲支援も――」
「――了解、トパーズ１８。だが、この戦域すべてで幻獣側の反抗が発生している。曲射砲支援は望められない。航空隊の援護は時間がかかる」
「なんですって！ なんでもいいから援護を！」
「わかった。近接している部隊に要請を出す。なんとしてでも生き残れ、以上」
「できたらね！ 了解！」
夏美は、今度こそ大声で生き残りの部下に指示を飛ばした。
「アテンション・オールガールズ！ 周囲はお祭り騒ぎで可愛い女の子なんて眼中にない模様。全力をあげて脱出して、いい男をゲットするわよ。最初の打ち合わせどおりに紡錘陣形で突破。文句のあるヤツは今のうちに言いなさい！」
「こちらトパーズ１４。ターコイズ７と合流。これより突破にかかります。また逢いましょう！」
「トパーズ１７。１５と援護位置につきました。私、代理指揮なんてとりたくないですからね！」
「よし！」夏美は、そこでようやく戦闘に集中する。大通りの向こう側のほうへ視線を向ける。士魂号につけられた各種センサーによる情報によって構築された画像がＨＭＤに表示された。ＩＲイメージ画像で、ゴブリン、ゴブリンリーダー、そしてゴルゴーンがいることを知らせていた。
「最悪っ！ 加奈、１０時方向、ゴルゴーンと三下がいるわ！」
「あいよ！」
加奈は、夏美のＨＭＤでマーキングされたデータを受け取る。加奈のＨＭＤに射撃諸元が流れ込む。
オートで砲塔旋回。仰角決定。
良香は後退運動を続行中。加奈が射撃することを知るが、一向にアクセルから足を離さない。
夏美は、加奈が照準をセットしたことを確認。
「撃てっ！」
１２０ｍｍ砲が火焔を吐き出す。
衝撃。周囲のビルに残っていた硝子窓が吹き飛ぶ。
そして轟音。戦車背後に衝撃波による煙が立つ。
車内ベンチレーターがけたたましい音を上げて、立ち込めた煙を排除しはじめた。
「良香！、バック一杯！ ５０ｍ後ろのパン屋の角で停止！ 加奈、撃てるだけぶっ放して！」
「あいよ！」
その時、ヘッドセットのスピーカーが甲高い音をがなり始めた。
「ミサイル警報！」良香が叫ぶ。そんなものはわかっていたが、口にすることは夏美の指示故だった。警告音のサイクルが始まる。三拍子。二拍子。サイクルが短くなるとミサイルが接近中であることを示していた。
「良香、停車！」
フルスロットルからのストップ。ＨＭＤが砲塔内の縁にぶつかって、あやうく脳震盪を起こしそうになる。夏美が頭を振りながら、右手に埋め込まれた精神結晶を通して、ダイレクト・コマンド。空気の抜ける音がしたかと思うと、砲塔後部から煙幕弾を投擲。
「弾着、今！ 外れた！」
「構わない。残像イメージで撃ちなさい！ 良香！ タイミング合わせ！」
夏美はそう叫ぶとＨＭＤのミサイル画像を捉える。ゴルゴーンから放たれたミサイルだった。警告音サイクルにあわせて、カウント。良香も唱和する。
「５、４」
煙幕弾が戦車前方の上空で破裂。周囲が煙に包まれる。ゴルゴーンのミサイルは、自立ではなくゴルゴーン本体からの精神同調によるコントロールで、煙幕弾による撹乱が可能だった。
「３、２、１、ダッシュ！」
良香はフルスロットル。ダッシュする。数秒後に自分がいた場所へミサイルが着弾。射角が失われたことを確認した夏美は、周囲の状況を確認した。自分達の援護に入る二両は今配置につき、ゴルゴーンを狙っていた。射撃開始。その間に指示を出す。
「トパーズ１４、トパーズ１４」
「こちらターコイズ７３」銃声と供に連絡が入った。「トパーズ１４はやられた。いま、トパーズ１６と供にミノタウロスを攻撃――」そこで、大音量。恐らくトパーズ１６が１２０ｍｍをぶっ放したのだろう。
「えい、くそ。最悪ね。良香、正面で止めて。加奈、仕留めるわよ！」
「まかせな！」
僚車からの戦闘データをリンク。ゴルゴーンの位置を把握。夏美が照準し、加奈がデータを受け取った。良香が再度停止。
「１７、１５。１００ｍ後方へ撤退！」
「当たれ！」
衝撃。幻獣用針弾芯弾頭（モンスター・スピア）が、狙いたがわずゴルゴーンに命中。その堅い皮を貫き、後方へ吹き飛ばした。そのままかき消すように消えていく。
「命中！ 榴弾を撃って！ ブロック撃ちきったら、私たちが下がる番よ！」
「了解！」
ゴブリンリーダーへ向けて榴弾を放つ。加奈はワザと照準を下方に下げて、一度地面に浅い角度に当てる。化学系炸薬弾は地面に跳弾すると、跳ね上がり、見事にゴブリンリーダーの上空で炸裂。周囲のゴブリンを巻き添えにする。
「トパーズ１８！ こちら１６」
「どうしたの？」
「敵にミノタウロス出現。数が多すぎ――」
そのまま無線が途切れる。戦域情報を確認。トパーズ１６がやられて、スカウト達が孤立していた。その向こうにはミノタウロスが４つばかり。ミノタウロスがいるということは、ミノタウロス一体にゴブリンユニット（リーダー一体に六体のゴブリン）が、二つ以上はいるだろう。
「ああ、もう！ 最悪！。ターコイズ！ 私たちのほうへ来て。１７。ターコイズを援護。１５、私達が下がるから、榴弾で牽制。良香、前方警戒！」
夏美はそう呟くと、戦域情報を確認。その時、良香の悲鳴がした。
「前方にもミノタウロス。その数１０！」
夏美は諦めを知らないタイプだったが、ことここに至ってはいかんともしがたい。生き残りの兵力だけでは単独突破は難しい。もう一度地形を確認。途中に公園があった。最悪な選択だが、今は何よりも指示を出す必要がある。
「生き残り全員へ。公園で円周防衛陣形！」
そう指示を飛ばすと、生き残りの戦車とスカウトたちが公園に集結するのを援護した。その間にも弾薬はものすごい勢いで減っていく。
「加奈、良香、どうやら、あぶないわね」
「なに、最後までやるだけさ」
「そうですよ」
「貴方たち」夏美はＨＭＤのバイザーをつけたままで、「最高よ。いいチームだったわ」
残りの二人は笑い、そして公園に集結しようとした。その時、通信が入る。
「――こちら――隊。こちら、――小隊。これより貴下の援護に入る。後衛に入る」
「今なんか聞こえた？」
「なんだって！？」加奈が全然聞こえない！という仕草を見せた。良香も首を振る。その時、センサーが上空に高速移動する物体がいることを知らせていた。――敵？
衝撃が襲う。被弾したかと思い、首をすくめるが自分が生きていた。
ＩＦＦセンサーは、味方がいることを知らせていた。センサーがその味方へ向けられた。
まるで類人猿を思わせるような異様な人型。背中から突き出しているミサイルポッド。士魂号複座型だった。アサルトライフルを構えて、迫り来るゴブリンの集団に銃弾を放っている。肩には部隊名、５１２１という文字と特徴的な黒猫のマーク。それは彼女達の高校に間借りしている部隊だった。
「うそ？」
「――こちら、５１２１リーダー。貴下の援護に入る。遅れて申し訳ない」
涼しげな声がした。夏美はあわてて大声で言う。
「わ、私より、部下の撤退援護を！」
「それはこちらの二号機が行っています。安心して徹底を。南のほうへ逃げてください。陽動で１号機とスカウトが動いています。今のうちです」
「よかった」夏美は安堵の息をもらす。指揮車がいるのであれば、貧弱な通信設備の自分が面倒を見る必要はない。「こちらトパーズ１８、指揮権代行を要請」
「了解しました。瀬戸口くん、代行指揮を。チャンネルＢ１へ」
「こちらトパーズ１８。ガールズ、チャンネルをＢ１へスイッチ！」
５１２１小隊と無線チャンネル、戦域情報システムがリンクされる。５１２１小隊のメンバーの通信も流れてきた。
「了解。子猫ちゃん達。お兄ちゃんの声を聞いてな――。そのままの全速力で避退開始。ルートは今送る」
「こちら若宮。位置についた。これより援護を開始する。来須、やるぞ！。壬生屋、さっきみたいに突出しすぎるなよ！」
「一号機。――わかっています。行きます！」
「こちら二号機。位置についた。これより射撃するぞ！」
「三号機。あっちゃん、まいちゃん。味方が撤退するまでがんばってね」
「わかった。舞。あのゴブリンの裏へ出るよ！ ミノタウロスまで射程内に収める！」
「了解だ。マーキングを開始する、カウント、開始」
三号機が、跳躍してゴブリンの群れへと飛んでいった。夏美は、良香に全速力で撤退を告げる。ＨＭＤには、敵中心部に踏み込むや否や、ミサイルを発射する士魂号の姿があった。周囲の幻獣が消滅していく。
「ねぇ、夏美。あれが噂のエースでしょ？」
加奈がＨＭＤのバイザーだけを跳ね上げて、夏美に問い掛けた。夏美たちが所属する尚敬高校の片隅に間借りしている部隊はなにかと噂の的だった。５１２１小隊という名前がありながら、あくまでそれは書類上の存在であり（実際の第５大隊は士魂号（Ｍ）型を多数装備している部隊だったが、欠番部隊が多い）、準竜師の直轄部隊として使われているという。そして、現在九州の学兵の間でも噂に上る、二人組みのエースの存在。
「そうね。まったく、とんでもない部隊ね」
夏美はそう呟いた。そして、もう一度。「なんとか生き残れたかな」
数日後。
４２３１小隊は再編成命令を受けた。作戦指示を出した幕僚は準竜師によって罷免されたという噂が流れていたが、それも確かなことではない。どちらにしろ夏美にはさほど関係がないことだった。欠員が出た分に関しては高校に所属する学兵を繰り上げして、やりくりする。それはいつものことだった。
味ののれんの座敷に上がって、いつもの食事をとった。
入学以来、一緒にここで食べていた友人はいない。昨日、正式に死亡が確認された。彼女は、何時の間にか高校で始まっていた風習通り、制服のリボンネクタイを黒に変えていた。味ののれんの親父は何も言わず、彼女の注文どおり定食を出す。そう、これは日常なのだ。と改めて納得した夏美は一人、出された定食に箸をつけた。
昼休みの終わりを告げるベルが鳴り響き、校舎へと生徒が戻っていく。午後から小隊に配属された新たなメンバーとの面通しがあると告げられていた夏美はゆっくりと校門を歩く。そのとき、「あの」と声がかけられた。振り向く。特徴的な、恥ずかしさを覚えてしまうようなストライプの入った制服。５１２１小隊のものだった。まるでやんちゃな子供のような格好で、頭にゴーグルを引っ掛けた学兵がそこにいた。
「４２３１小隊所属の方ですか？」
「そうですが、何か？」
「５１２１小隊の滝川といいます。ウチのスカウトが、これを拾ったというので、そちらの小隊の誰かにお渡しするよう命じられたもので」
彼がポケットから、取りだした。それはボディ・タグとロケット。見覚えがあった。
「ありがとう。感謝するわ」
「そう言っていただけると、嬉しいです」顔を真っ赤にして答えた滝川は、ビシっと敬礼をする「それでは、授業におくれますので！」
「ええ。頑張ってね。こんなこというと、ヘンかも知れないけれど、頑張って、生き残ってね。敵を倒すより、もっと大切なものがあるはずだから」
滝川と名乗った学兵は、驚いたよう表情を見せた。パッと明るい笑みを浮かべた。
「はい、そうですね！」言葉を切って、「ではまた機会があれば！」
走り去る滝川という少年の姿を見送り、ボディ・タグとロケットを見比べた。それは、彼女の友達が肌身はなさず持っていたはずのロケットだった。幾度か見かけたことがある。それはもう熱で歪んですでに蓋が開かなくなっていた。
煤がこびりついたボディ・タグを指でぬぐう。それは案の定、友人の名前だった。
必死に何かをこらえつつ、夏美は自分のボディタグを取り出し、そのボディ・タグとロケットをつけた。――最後まで私が一緒にいるから。そう心の中で呟く。
「先輩！」
その声で、夏美は顔を上げる。中学の頃からの後輩だった。
「映（あきら）、どうしたの？」
「何って、先輩、部隊の点呼ですよ！ 今日からモコスも五両編入されるんですから、イッキに大所帯ですよ！ 早くいかないと」
「ああ、そうね」夏美は、後輩の手を見た。結晶が見える。「貴方、本当に戦車兵になるつもり？ そのまま整備兵していたほうがいいんじゃないの？」
「いいえ」映は背筋を伸ばしたまま、夏美の方を見る。「もう誰かに守ってもらうのなんてイヤですから」
「そう。でも、厳しいわよ」
「覚悟してます」映は、夏美のほうを見た。「あ、でも、戦車戦術一種のレポート貸してくれるとありがたいんですけど……」
「やれやれ、先が思いやられるわね」
夏美は笑って、映と供に、校舎隅で整列して自分を待つ４２３１小隊のメンバーの方を見た。見知った顔、初めてみる顔、様々だ。一人でも多く、生き残らせる。それが夏美の新しい決意だった。
加奈が、メンバーの前へ一歩出る。見事な敬礼。
「各員、新小隊司令に敬礼！」
あとがき。
また、やってしまいました^^;。本当は、＃２、＃３ってのが先行であったんですけど、こちらはちょっとやめてます。というか、本家のアルファシステムの外伝にびくびくしながら書くのもどうかなぁ。というのもあって、５１２１小隊を舞台にした作品ではなく、間借りしている女子高――どうやら、尚敬高校というらしいのですが、ちがうかも――の部隊にターゲットをあわせてみました。どうかなぁ、すでに誰かがやってそうなんですけど、怖くてチェックしてません（苦笑）。すでに誰かやってたら教えてもらいたいものです^^; オチがないなぁ。とか思わないわけでもありませんが、次回（あるの？）までの課題とさせてください。
正味四日間で書き上げましたので、ひょっとしたら誤字脱字はあるかもしれません。ご容赦を。気が付いた場合にそのつど直していきたいと思います。
さて、この作品を書くにあたって、ＧＰＭを起動させ図書館のデータを漁りましたが、どうも士魂号（Ｌ）型については、六輪式の回転砲塔付（１２０ｍｍ！）車両だということだけしか判明していません。おそらく曲射砲支援のムービーに出てくるやつが、そうではないかと思うんですが、あれじゃトップヘビーだわ、まるでフランスのＡＭＸ−１０のようなアンバランスさ。市街戦で戦車を持ち出すのもどうかと思うし、散々悩みましたねぇ。というわけで、戦車のアヴィオニクス関係の表現が一本調子なのは反省点です。神経接続ができるのなら、ペリスコープを覗く必要はない。というのが最初のスタートだったんですが、どうもなぁ^^;
５１２１小隊のメンバーは出すつもりがなかったんですが、どうもワイルド・カード的に話を収束させるために出してみました。だって、延々と戦闘シーンってのもそりゃそれで面白いかもしれませんが、ねぇ（笑）。あとはちょっとしたイベントにもひっかけたりして、ちょっと色々試していることもあります。
というわけで、「Ｅ．Ｇ．コンバット」的ノリではなく、ちょっと違うノリで書いてみました。感想などありましたら、どうかトップページから、いや、ぜひに（もみ手）。
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